建設石綿訴訟最高裁判決の概要

平成30年(受)第1447号,第1448号,第1449号,第1451号,第1452号
各損害賠償請求事件 令和3年5月17日 第一小法廷判決

事案の概要

 原告らは,主に神奈川県内において建設作業に従事し,石綿(アスベスト)粉じんにばく露したことにより,石綿肺,肺がん,中皮腫等の石綿関連疾患にり患したと主張する者又はその承継人である。本件は,原告らが,被告国に対し,建設作業従事者が石綿含有建材から生ずる石綿粉じんにばく露することを防止するために被告国が労働安全衛生法(以下「安衛法」という。)に基づく規制権限を行使しなかったことが違法であるなどと主張して,国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を求めるとともに,被告建材メーカーらが石綿含有建材から生ずる粉じんにばく露すると石綿関連疾患にり患する危険があること等を表示することなく石綿含有建材を製造販売したことにより本件被災者らが上記疾患にり患したと主張して,不法行為に基づく損害賠償を求める事案である。

判旨

国に対する国家賠償請求について

 労働大臣は,石綿に係る規制を強化する昭和50年の改正後の特化則が一部を除き施行された同年10月1日には,安衛法に基づく規制権限を行使して,通達を発出するなどして,石綿含有建材の表示及び石綿含有建材を取り扱う建設現場における掲示として,石綿含有建材から生ずる粉じんを吸入すると石綿肺,肺がん,中皮腫等の重篤な石綿関連疾患を発症する危険があること並びに石綿含有建材の切断等の石綿粉じんを発散させる作業及びその周囲における作業をする際には必ず適切な防じんマスクを着用する必要があることを示すように指導監督するとともに,安衛法に基づく省令制定権限を行使して,事業者に対し,屋内建設現場において上記各作業に労働者を従事させる場合に呼吸用保護具を使用させることを義務付けるべきであったのであり,同日以降,労働大臣が安衛法に基づく上記の各権限を行使しなかったことは,屋内建設現場における建設作業に従事して石綿粉じんにばく露した労働者との関係において,安衛法の趣旨,目的や,その権限の性質等に照らし,著しく合理性を欠くものであって,国家賠償法1条1項の適用上違法であるというべきである。

【違法状態の期間】

 平成7年の特化則の改正により,同年4月1日以降,事業者が石綿等の切断等の作業に従事する労働者に呼吸用保護具を使用させることの義務付けがされたものの,上記作業の周囲で作業する労働者に呼吸用保護具を使用させることの義務付けはされていなかった。また,石綿含有建材の表示及び石綿含有建材を取り扱う建設現場における掲示に係る指導監督については従前と変わりがなく,石綿含有建材から生ずる粉じんを吸入すると石綿肺,肺がん,中皮腫等の重篤な石綿関連疾患を発症する危険があること並びに石綿含有建材の切断等の石綿粉じんを発散させる作業及びその周囲における作業をする際には,必ず適切な防じんマスクを着用する必要があることを示すことについての指導監督はされていなかった。そうすると,同日以降も,規制権限の不行使が国家賠償法1条1項の適用上違法である状態は,継続していたものと解するのが相当である。
 そして,事実関係等によれば,内閣は,平成15年10月16日,安衛令を一部改正し,石綿を含有する石綿セメント円筒,押出成形セメント板,住宅屋根用化粧スレート,繊維強化セメント板,窯業系サイディング等の製品で,その含有する石綿の重量が当該製品の重量の1%を超えるものを,安衛法55条により製造等が禁止される有害物等に定め,この改正政令は平成16年10月1日から施行された。そして,同年には8186tであった石綿の輸入量は,平成17年には110t,平成18年以降はゼロとなっており,上記の改正により,石綿含有建材の流通はほぼ阻止されたものと評価することができる。そうすると,規制権限の不行使が国家賠償法1条1項の適用上違法である状態は,昭和50年10月1日から平成16年9月30日まで継続し,同年10月1日以降は解消されたものと解するのが相当である。

【労働者に該当しない者について】

 昭和50年10月1日以降,労働大臣が上記の規制権限を行使しなかったことは,屋内建設現場における建設作業に従事して石綿粉じんにばく露した者のうち,安衛法2条2号において定義された労働者に該当しない者との関係においても,安衛法の趣旨,目的や,その権限の性質等に照らし,著しく合理性を欠くものであって,国家賠償法1条1項の適用上違法であるというべきである。

建材メーカーらに対する不法行為に基づく損害賠償請求について

 民法719条1項は,「数人が共同の不法行為によって他人に損害を加えたときは,各自が連帯してその損害を賠償する責任を負う。共同行為者のうちいずれの者がその損害を加えたかを知ることができないときも,同様とする。」と規定するところ,同項後段は,複数の者がいずれも被害者の損害をそれのみで惹起し得る行為を行い,そのうちのいずれの者の行為によって損害が生じたのかが不明である場合に,被害者の保護を図るため,公益的観点から,因果関係の立証責任を転換して,上記の行為を行った者らが自らの行為と損害との間に因果関係が存在しないことを立証しない限り,上記の者らに連帯して損害の全部について賠償責任を負わせる趣旨の規定であると解される。そして,同項後段は,その文言からすると,被害者によって特定された複数の行為者の中に真に被害者に損害を加えた者が含まれている場合に適用されると解するのが自然である。仮に,上記の複数の行為者のほか
に被害者の損害をそれのみで惹起し得る行為をした者が存在する場合にまで,同項後段を適用して上記の複数の行為者のみに損害賠償責任を負わせることとすれば,実際には被害者に損害を加えていない者らのみに損害賠償責任を負わせることとなりかねず,相当ではないというべきである。

 以上によれば,被害者によって特定された複数の行為者のほかに被害者の損害をそれのみで惹起し得る行為をした者が存在しないことは,民法719条1項後段の適用の要件であると解するのが相当である。

 事実関係等によれば,被告らを含む多数の建材メーカーは,石綿含有建材を製造販売する際に,当該建材が石綿を含有しており,当該建材から生ずる粉じんを吸入すると石綿肺,肺がん,中皮腫等の重篤な石綿関連疾患を発症する危険があること等を当該建材に表示する義務を負っていたにもかかわらず,その義務を履行していなかったのであり,また,中皮腫にり患した本件被災大工らは,本件ボード三種を直接取り扱っており,本件ボード三種のうち被告らが製造販売したものが,上記の本件被
災大工らが稼働する建設現場に相当回数にわたり到達して用いられていたというのである。上記の本件被災大工らは,建設現場において,複数の建材メーカーが製造販売した石綿含有建材を取り扱うことなどにより,累積的に石綿粉じんにばく露しているが,このことは,これらの建材メーカーにとって想定し得た事態というべきである。

 また,上記の本件被災大工らが本件ボード三種を直接取り扱ったことによる石綿粉じんのばく露量は,各自の石綿粉じんのばく露量全体のうち3分の1程度であったが,上記の本件被災大工らの中皮腫の発症について,被告らが個別にどの程度の影響を与えたのかは明らかでない。

 本件においては,被告らが製造販売した本件ボード三種が上記の本件被災大工らが稼働する建設現場に相当回数にわたり到達して用いられているものの,本件被災大工らが本件ボード三種を直接取り扱ったことによる石綿粉じんのばく露量は,各自の石綿粉じんのばく露量全体の一部であり,また,被告らが個別に上記の本件被災大工らの中皮腫の発症にどの程度の影響を与えたのかは明らかでないなどの諸事情がある。そこで,本件においては,被害者保護の見地から,上記の民法719条1項後段が適用される場合との均衡を図って,同項後段の類推適用により,因果関係の立証責任が転換されると解するのが相当である。もっとも,本件においては,本件被災大工らが本件ボード三種を直接取り扱ったことによる石綿粉じんのばく露量は,各自の石綿粉じんのばく露量全体の一部にとどまるという事情があるから,被告らは,こうした事情等を考慮して定まるその行為の損害の発生に対する寄与度に応じた範囲で損害賠償責任を負うというべきである。

 以上によれば,被告らは,民法719条1項後段の類推適用により,中皮腫にり患した本件被災大工らの各損害の3分の1について,連帯して損害賠償責任を負うと解するのが相当である。

【中皮腫以外の石綿関連疾患について】

 事実関係等によれば,被告らを含む多数の建材メーカーは,石綿含有建材を製造販売する際に,当該建材が石綿を含有しており,当該建材から生ずる粉じんを吸入すると石綿肺,肺がん,中皮腫等の重篤な石綿関連疾患を発症する危険があること等を当該建材に表示する義務を負っていたにもかかわらず,その義務を履行していなかったのであり,また,中皮腫以外の石綿関連疾患にり患した本件被災大工らも,本件ボード三種を直接取り扱っており,本件ボード三種のうち被告らが製造販売したものが,上記の本件被災大工らが稼働する建設現場に相当回数にわたり到達して用いられていたというのである。上記の本件被災大工らが,建設現場において,複数の建材メーカーが製造販売した石綿含有建材を取り扱うことなどにより,累積的に石綿粉じんにばく露したこと,上記の本件被災大工らが本件ボード三種を直接取り扱ったことによる石綿粉じんのばく露量は,各自の石綿粉じんのばく露量全体のうち3分の1程度であったが,上記の本件被災大工らの石綿関連疾患の発症について,被告らが個別にどの程度の影響を与えたのかは明らかでないこと等の諸事情があることも,中皮腫にり患した本件被災大工らの場合と同様である。そうすると,被告らは,中皮腫以外の石綿関連疾患にり患した本件被災大工らに対しても,中皮腫にり患した本件被災大工らに対するのと同様の損害賠償責任を負うと解するのが相当である。

 以上によれば,被告らは,民法719条1項後段の類推適用により,中皮腫以外の石綿関連疾患にり患した本件被災大工らの各損害の3分の1について,連帯して損害賠償責任を負うと解するのが相当である。

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